果てしなく続く「地平線ロード」の街~太平洞~
ソウル近郊の街「太平洞(テピョンドン)」。ここには思わず息を呑む光景が広がります。それは地平線に向かって果てしなく真っ直ぐ続く道路。驚くべきことにそんな長い一本道が街中に縦横無尽に通っています!有名な観光地ではありませんが、唯一無二の「地平線ロード」に出会える太平洞。街歩きの好きな方、レトロ韓国を味わいたい方、ソウル王道観光に飽きた方、そんな皆さんにまだ日本語レビュー記事がほとんど無い穴場スポット太平洞の魅力、独特な景観の裏にある歴史までたっぷり解説します!
ソウルの衛星都市、京畿道城南市(キョンギドソンナム市)
太平洞のある場所は京畿道の城南市。ソウルの周りを囲む京畿道に属する自治体の一つです。城南市はソウルの南東部と接しており、昔からソウルの衛星都市として多くの人が暮らしています。1900年代後半、工業化でソウルの人口が増える中、人口分散のため城南市への住民移住政策が繰り返し行われました。太平洞も移住してきた人々が住み着いて形成された街の一つです。さて城南市にもソウルから地下鉄が通っています。路線図で黄色のライン、水仁・盆唐線のカチョンデ駅が最寄りで、駅東側の斜面の街一帯が太平洞です。駅を降りてすぐ街並みが楽しめるのでアクセス抜群です!
独特な景観を誇る急坂の街ができたワケ
太平洞を歩くと傾斜が急で上り下りがかなりきついです。ですがその傾斜のおかげもあり、カールした一直線の道が続く独特な風景を見られます。韓国のネットでは映画「インセプション」のポスターの道に似ていると話題になったこともあるそう。ではなぜこのような景観になったのでしょうか?それには20世紀後半韓国の都市化の闇の部分が関係しています。太平洞の街ができたのは1960年代末から70年代初頭。急速な工業化で増えたソウルの人口を郊外に分散させるため、太平洞にも多くの人がソウルから移住させられました。しかし、移住させたものの、彼らの住宅地の造成計画を立てる時間も方法もありませんでした。 その結果、坂の傾斜を残したままで、住宅地を直線で大雑把に区切っただけの街ができあがりました。
郊外の街でレトロ韓国を満喫
1960~70年代にできた街並みが残る太平洞。ソウルから郊外に少し出るとレトロ情緒溢れる街を楽しめます。太平洞も庶民的な雰囲気で、昔からの街ですが住民が多く活気に満ちています。友達と道端で遊ぶ子供たち、老舗食堂店主のはつらつとした声、店先で世間話に花を咲かせる主婦たち…そこには住民同士の距離が近い懐かしい街の空気が流れていました。写真は昔からあるスーパー。少し歩き疲れたのでここでアイスクリームを買って一息つきました。
韓国の街に突然現れたヨーロッパ?
最後に韓国の街の豆知識を紹介します。 上の写真を見てください。赤レンガの家が立ち並ぶ様子がヨーロッパっぽくないですか。 太平洞を含め、1970年~80年代に建てられた家は赤レンガが使われていることが多いんです。 写真は太平洞から近い、同じく城南市の上大院洞(サンデウォンドン)。 この街のビル屋上にあるカフェ「イェコーヒー」から撮影しました。赤レンガの街を一望できる素敵な眺めです。
地平線ロードの街 太平洞 まとめ
太平洞の独特な街並みについて紹介してみました。実際に歩いてみると一直線の道路の迫力が予想以上で圧倒されました。そして、街の景観の裏には必ず歴史があるという街歩きの魅力も再確認できました。冒頭に書いた通り太平洞は日本語レビュー記事がほとんど無いスポットなので、ここまで読んでくださった方に新たな韓国の魅力をお伝えできたのなら、これ以上の喜びはありません。